命はひとつ

今になって思えば、先月体調不良で午前午後両方の護摩をお休みしたのは平成22年の12月から護摩を焚き始めて初めての事でありました。

「あ、初めて穴を開けてしまった・・・。」という少しばかりの後悔を今このエディタを開いてから思い出したわけで、昨日11月28日の護摩は本当に清涼な気持ちで修法させていただきました。

しかし、昨日の晩はお世話になった方の通夜式への参列が控えていたので、その方のご冥福もお祈りしながら、法華経の自我偈をお唱えしました。

喪主様からの挨拶にあった、「先立たれた人の想いは残された人々の歩みの力となる」とは、本当にその通りであり、またその通りであることそれはそのまま我々が生きるということの本質を表しています。

ひとつの命が姿を変える時、それはひとつの想いがたくさんの想いに引き継がれるということ。

その方が教えてくれた事をこれからも大切にしていきたいと、家族でひしひしと確認し合いました。

 

南無


taichi
「信念が事実を創り出す」をモットーに、現代に生きた仏教を模索していきます。

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