般若心経について解説します

このサイトをパソコンでご覧になっている方には、もう既に画面右側にチラシが表示されているかとおもいますが、改めて告知させていただきます。

来月28日、般若心経について解説します。
午前と午後の護摩の後、さらには夜の6時半から、場所は護国寺にて行います。
参加費は無料、用意していただくものもありません。

般若心経については、仏教界に留まらず科学者、文学者、タレント、お笑い芸人、などなど様々な業界の著名人に現代語訳されています。
ですから、その大意については何となくご存知の方もいらっしゃるとおもいます。

しかし、なぜ原文からその意訳になるのか?
その点について疑問を抱く方が実際多いようです。

護国寺での般若心経解説では、原文に登場する仏教用語の意味をまず解説し、そのうえで原文を各文節に区切り、その各文節に於いての用語の使われ方を平易に解き明かします。

さらに、全文をA~Gの7つに区切り、それぞれがどういう意図で構成されているのかを解説します。

般若心経の原文を7つに区切る捉え方は、恐らく他には無い私のオリジナルなものですが、経典の本来の意味を逸脱させるものでは決してないと、強く自負しております。

般若心経の解りにくい部分は、空と無の概念についてだと思われます。
しかし、なにも空と無が仏教の深淵なる究極の概念などではなく、実際それらはほんの入り口の初歩的な知識に過ぎません。

『解る』ということは実践の一歩手前であり、その実践がフィードバックし次の『もっと解る』へと精進は続いて行きます。

難しいことを有難がる傾向は日本人の美徳にも繋がっていますが、もうそろそろ、難しいと思われている知識を手にして、それを日常をより良くするためのツールとして用い、より充実した実践へと移行してみてはどうでしょうか?

1月28日、是非フラッとお越しください。(^^)/

 


taichi
「信念が事実を創り出す」をモットーに、現代に生きた仏教を模索していきます。

4件のコメント

  1. このメールが届くかわかりませんが、一言、御坊に尋ねたい事があります。
    貴方の般若心経の解説はまさにインド哲学的だと思います。聖書にしても
    お経にしても、イエスは弟子たちだけに法を説いたのですか?釈尊は弟子
    にだけ理を説いたのですか?目指すは一般大衆ではないですか?であるな
    ら、当時の一般大衆の知識レベルを鑑みてみると、今の小学1年生の知識
    レベルは当時の大学(あればのたとえ)レベルでしょう。お経にしても
    聖書にしても、まったく一般大衆の知識レベルを考慮されているとは思え
    ません。御坊の般若心経の解析は今の私の知識レベルをフル活用すれば
    なるほど!とは思いますが当時の文字をまともに書けない一般大衆にはた
    して今の解析で2500年前の大衆に理解させることが御坊に出来ますか?

    1. 拙解説動画のご視聴、さらにはサイトまで訪ねていただいた上でのコメント、感謝申し上げます。
      そうですね。釈尊は対機説法という形で、イエスは「医者を必要とするのは病人である」との御言葉のとおり、両者共にその言行緑にあたるスッタニパータやダンマパダ、福音書や外典に位置付けられているトマスによる福音書等は大いに共通した点が見受けられ、それはそちら様が仰る通り現代人が聴けば至極全うな倫理観に基づいた、悪く言えば平凡に聞こえるかもしれない率直な金言に満ちていると僕自身も思います。
      しかし、釈尊の原始経典(と言えども釈尊入滅後少なくとも200年以上経ってから文字化されていますが)や、アンティオキア教会の頃の原始キリスト教の教えは、その主眼としては確かに一般民衆に向けてのものだったろうと推測しますが、釈尊の説法は対機説法とも言われるように、相手の知的レベルに応じて本義を損なわずに言葉や比喩を巧みに用いて平易に説いたと言われているのは、既にご承知の通りかと存じます。
      さて、本題ですが、そもそも般若心経は小本自体の確かな成立もはっきりしておりませんが、おそらく紀元後200年頃だと言われております。この当時の仏教は既に中央アジアを経て、良くも悪くも多分に政治的に中国で普及し始める過程にあり、キリスト教が対照的に当初国教として認められたアルメニアのように一般民衆からの動きに為政者が靡いたというよりも、逆に為政者側から民衆へ仏教を普及させることで国の平定を狙ったという意図はあまりにも有名です。
      ですから、大般若経のエッセンスを凝縮した般若心経が当時の知識階級には仏教の空の思想のダイジェスト版として、また識字率の低い一般民衆には260数文字の漢字と音なら意味や内容は抜きにしても丸暗記は可能です。
      それを踏まえ、拙解説動画では前者の理知的な面からの解説を私なりに試みておりますが、動画の終盤で申し上げている、「最後の陀羅尼こそが般若心経の一番の要であり、意味云々は二の次だよ」というメッセージは後者の意図を含んだつもりで説明した次第です。
      仰るところの「当時の文字をまともに書けない一般大衆にはたして今の解析で2500年前の大衆に理解させることが御坊に出来ますか?」という問いには、率直に申し上げると私のやり方では無理ですが、他のYouTubeチャンネル等で高評価を博している「現代語版ラップで般若心経」等のプリンシプルだけ抜き取ったアプローチなら可能であると思われます。

  2. 御住職様
    ご丁寧な返信ありがとうございます。
    では私の解析した般若心経を見て頂きたいと思いますが、非公開にできますか?

    1. もちろん、大歓迎です。
      宜しければ、ashdownforest99@gmail.com にメールしていただければ個人的にやりとりさせていただきます。

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