脚下照顧!トンボから地球を考える

9月15日、この日は観光ガイド研修に参加してきました。

日高村本郷鹿児にある総合運動公園前の調整池周辺の植物について、参加者同士で短いプレゼンをしあうという研修でした。

研修の場所は調整池を間近で見渡せるメダカさん家(ち)でしたので、途中で外に出てプレゼンに用いる植物を参加者それぞれが思い思いに採取し、その後は賑やかなプレゼン合戦となりました。
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(↑彼岸花の首飾り・・・茎をそのまま輪っかにしています)

私は植物に関してはズブの素人ですので、取り敢えず目に付いた何の変哲もない葛(クズ)の葉っぱをちぎり取り、そしてiPhoneからネットに検索をかけるというお粗末なことでしたが、そこで初めてそのありふれた葛についての薀蓄を知ったのでした。
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(↑葛の若葉にとまった・・・何でしょう?💦)
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(↑蜘蛛の後ろにボヤけて写っているのが悪名高く地面に拡がる葛です)

その薀蓄は私の脳内のフィルターを通り、もう10分後には私の口から参加者全員に拡散され共有されていきました。
さらに、その情報に参加者の中から自前の知識を持つ人が上乗せや拡張を行い、さっきまでは何ともなかった只の葛が、私の手の上で益々親近感を沸かせるのでした。

その他にも以下のような季節の植物が採取され、それらの特徴・利用のしかた・食べ方までもが全員で共有されてとても勉強になる研修会でした。
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(↑上から、南蛮キセル、マツカサススキ、菱の実、ネムの樹の実、ヤブカンゾウ、キツネの孫)

ところで、この記事の題にある『脚下照顧』とは有名な禅語です。
単純な意味としては、自らの足元を注意深く顧みることで己の気の緩みを引き締めよという意味です。

この言葉を私は敢えて深読みして、脚下を自らが住まう地域にまで拡大して考えてみたいと思います。そうすることで、何気ない地域の足元に広がる自然の世界への臨場感がおのずと高まってくるのです。

現在日高村では、フットパスと呼ばれる新たな観光スタイルの定着へ向けて、行政の枠を超えた日高の村民を巻き込む形での観光ガイドの立ち上げが行われています。

数年前に『地方消滅』という負のフレーズが増田リポートの中で危惧され、これが却って全国地方自治体に不安を与えてしまっていることは多くの識者が指摘しています。
護国寺のある日高村も、毎年100人単位で人口が減り続ける、その増田リポートの対象であり、かつ財政的にも決して楽観視できるような自治体ではないのです。

しかし、先進国に於ける個人消費の中身が『何を買うか?』から『何をするためにペイするか?』にシフトしているのはかなり確かな事実のようです。

今までの、普通の田舎に暮らす普通の家族の週末とは郊外の大型商業施設で買い物か或いは消費の為に設けられたレジャー施設で列に並んでお金を落とす時代は、そろそろ変化の段階にきていると私は思っています。

そして、その先にある新しい、地方の普通の家族の週末とは、以前までのそれと対比される形であり、その中身とは身の回りにあるそれぞれの地域特有の自然を生かした、ワークショップ的なイベントでありレジャーであり、その流れのなかで地方の寺院もまた新たな役割が何かしら見つけられるはずであり、またその為に寺院の側からも積極的に地域に関わっていくべきだと思います。

以上のような勝手な先読みが、観光ガイド研修に参加する私の大きな動機なのですが、この日は午後も研修が続き、そこでは調整池周辺に生息するトンボ達について知識を深めることができました。
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(あみ、アミ、網、そして大人たち・・・)

四万十トンボ公園からはるばる来ていただいた杉村先生から簡単なトンボの見分け方のレクチャーを受けたのですが、ガッテン了解!っといきなり見分けがつくわけもなく(笑)、子供顔負けの集中力を発揮して網を振り回して捕まえたトンボを、ベテランガイドの高野さん自作のパネルと照らし合わせながら、あれやこれやと言いながら改めて、空中を舞う小さな秋を代表する者達に思いを深めたのでした。

現在の調整池の状態は、近年にない菱の繁殖が凄まじく、水面はもはや見えないといっていい程、調整池を覆い尽くしています。
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この状況について、杉村先生の私見ではとてもよくない危機的な状況であるとして、先生から私たちは警告を受けたのでした。

菱が水面はを覆うことで、太陽光が水面に入らなくなり、水中植物の光合成が遮られる。ただでさえ水深の浅い池に魚たちの逃げ場はなく、ますます酸素濃度が下がる。そうなると池の生態系のフェーズが暗転し、池の底は質の悪いヘドロと化し、今までのような豊かな風景ではなくなってしまうそうです。

なぜ今年はこれほど菱が多いのか?その原因は特定できていませんが、とにかく杉村先生の私見によれば、あまり楽観視はできないようです。

また、この池に飛来してくるトンボ達も以前とは少し顔ぶれが変わってきているようです。
普通なら浜辺に多くいるトンボが、ここ最近は調整池でもたくさん見られるようになったようです。
このことはつまり日高村が以前より乾燥して温暖な気候に移り変わったことを意味するそうです。
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そしてこういった変化は日高村だけではなく、日本中で、いや世界規模での変化らしいです。かつては沖縄を除く日本のほとんどの地域が温帯であったのが、少しづつ亜熱帯の境界線が上にあがっています。

杉村先生曰く、いまからおよそ85年後の未来には、地球の表面温度がかつてないほど上昇し、その影響で多くの生物が死滅することが予想されているそうです。

それを回避する為には、今の子供達がただ意識を高めるだけではもう間に合わず、子供たちの多くが直接その問題に取り組む仕事に就くぐらいの社会変化が待った無しで求められているようです。

私は日本の既成仏教界の変化のラインを20年先と勝手に読んでいますが、その先には経済は勿論、私の想像を超える地球規模での環境変化への取り組みが迫られているようです。

自分が暮らす地域を照顧し、そこからその暮らしを考え直したり、より良くしようとすること、それら一つ一つの気づきと行いが、平和で安穏な未来に繋がっていくのでしょう。

もはや政府や組織に無思考のまま誘導される時代ではないのです。仏教も地域も自然も地球も平和も、重々無尽の一つの世界です。
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taichi
「信念が事実を創り出す」をモットーに、現代に生きた仏教を模索していきます。

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