またまた草刈りの日々なるか

今月30日に予定している大瀧山での散策に向けて、ここ数日は作業着に袖を通すことが増えています。
先日の日本海に抜けていった台風の後、長雨の日々は終わったかに思えたのですが、未だに晴れ間をぬって山に上がる日々です。

さて、ここ数年自身が気をつけていることは『時間の使い方』です。

住職という立場上、ガチガチに予定を立ててしまうと突然の葬儀や急な来客に対応できないので、普段は敢えて余裕をもったスケジュールを心掛けています。

かと言って暇かと言われれば決してそうではなく、その余裕の内訳としては勤行はもとより掃除、檀家様からの些細な頼まれごと、そして今は幼児の子供たちの育児に追われたりと、時間は基本足りません。

けれども「時間は自分で作るもの」という誰かの言葉をモットーに、敢えてせわしい中でも並列処理のイメージで、予定をこなしています。

そんな中で、私が編み出した時間の使い方は、『30分単位』です。

普段、何か事に当たろうとするとき、「丸1日何も予定がない時にじっくり腰を据えて取り組もう!」と心に決めて早何ヶ月・・・、何てことが皆さん一つや二つはお有りじゃないでしょうか?

以前の私も、普段の檀務以外の事に当たる時は、十分な時間を設けてから・・・、と考えていましたが、さすがに忙しくなると十分な時間が有る日はなかなかやってきません。(泣)

ですから私は今、30分でも時間が空いたら、自分の頭の中で並列に宙ぶらりんしている仕事のどれかに手をつけることにしています。

と言いつつも、未だに延び延びになっている計画や予定も恥ずかしながら有るには有るのですが、常にそれを意識の隅に置いています。

人間の認知とは侮れないもので、ただ何かを意識しているだけでも目に入ってくる情報は変わってくるものです。そうすることで、長い間保留状態だった仕事に思わぬアイディアや視点が閃き、後は段取り八分の実行二分なんてことも結構あったりします。

大瀧山の草刈りとなると、さすがに30分では時間が足りませんが、それでも3時間でも時間があればすぐに作業着に袖を通す勢いです。

そして3時間の中身もただのっぺりと3時間ではなく、意識的に時限分けして多角的な攻め方で草刈りに当たっています。

たかが草刈りに何を熱くなっているのかと言われればそれまでですが、草刈り一つも、如何に効率よく綺麗に且つ安全に、そして楽しくするかということを追求しながら事に当ると、これはもうただの作業を越えた充実をもたらしてくれるのです。

という訳で、また晴れの日が続いてくれれば草刈りの時間も作れるのですが・・・。

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野生の山椒です。葉っぱをひと噛みすればそれはもう清涼な香りに包まれます。

P.S. 30日の大瀧山散策の日には、里山の植物に大変詳しい檀家様を一名お招きしています。歩きながらの里山談義に花が咲くことかと思われ、今からとても楽しみです!

 

 

 


taichi
「信念が事実を創り出す」をモットーに、現代に生きた仏教を模索していきます。

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