僕の前に道はない、僕の後ろに道ができる

高村光太郎の有名な名言です。

個人的には、村上龍さんが高校生のころ作ったという、
『僕らの前に道がある、僕らの後ろに道はない』(高度経済成長期の画一的な若者の人生観を揶揄して)
が秀逸であると思っています。

まぁそれはともかく、私は大瀧山の道を探しています!

それも、大瀧山から猿田洞へと続く道です。

大瀧山を修験の修行場として再興すべく、ここ数年シダ刈りやロープ張り等の整備を進めています。

わたしの頭の中には、
大瀧山を中心に、西は聖神社、東は猿田洞までのエリアを修験の道場として道を繋げる(再発見し再興する)という大きな構想があります。

大瀧山は標高247mの山というよりも丘のような場所ですが、巨石や石造が点在する霊的な場所であり、事実、近代直前には県下でも有数の霊山であったようです。

赤い線が想定している修行の道です。この日歩いたのは途中から分岐している黄色い線です。

実は、3月8日のこの日は、フットパスのお手伝いが終わってすぐに大瀧山に登ってきました。

いよいよ、大瀧山のマップ制作を依頼する段階に来ておりまして、デザイナーの方に現地を実際に歩いていただいた上で、手書きのマップを作っていただく予定です。

それをweb上で掲載して、実際の画像や、云われ、説明などを書き添えて、さらにインスタグラムなんかとも連動させて、動的なマップを作る予定です。

この日は、敢えて尾根道から一気に猿田の奥へと下る険しいルートを選び、短い時間でしたが軽い調査のつもりで藪に分け入りながら、道なきところを下りました。

大瀧山の山頂手前。良い感じの西日が当たっていたのですが、上手く撮れていません。
山頂間近の護摩壇跡。
見えにくいですが、どなたかが榊をお供えしてくれていたようです。
メチャクチャ風が冷たかったです。左下に見える廣瀬公園の桜たちは開花間近です。
まだシダの新芽は生えてきていません。
尾根道から急激に下った、猿田の奥の奥。かつてはここも段々畑だったのでしょう。
ここで、やっと猿田の奥。現在も人が耕作をしている田んぼです。ここまで来るとなんだか安心しました。
大瀧山を振り返って。ちょうど太陽が沈む所が山頂付近です。
猿田洞に続く道の右手に、洞くつになっていそうな場所を発見。
どうやら、水の流れはこちらに入っているようです。
怪しい穴。時間が無くて入れませんでした。
鎮西神社。こんなことろにお宮があるのは初めて知りました。
何だか優しい風情を感じました。
現在午後4時45分、閉門直前の猿田洞。
帰りは県道に出て、そこから宮谷という場所に入り、村道を通って鹿児の運動公園に出ました。
宮谷から鹿児を繋ぐ道の途中にある『穴地蔵』様。谷地の穴地蔵のミニチュア版?

この日は、結構体力的にハードでした。(笑)

しかし、もうすぐまた山の整備を再開しますので、鈍った身体を目覚めさすいい機会となりました。

南無

 


taichi
「信念が事実を創り出す」をモットーに、現代に生きた仏教を模索していきます。

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